酔っ払い 聖地 遠心力

 「聖地巡礼します!」
 なにやらあやしい団体に捕まった俺は、なにやらあやしい活動に参加させられそうになっている。
 「聖地……?」
 「そう、聖地巡礼。アニメの舞台になった場所を見て回るんだ」
 「うわっ」
 突然後ろから声をかけられた。驚かせるのはやめてほしい。
 「深く考えなくていいよ。まぁ元のアニメを見てないと楽しめないかもしれないけれど」
 微笑を浮かべながら話しかけてくるのは、俺をこの「アニ研」に連れてきた男だ。無理やり、と言ってしまってもいいかもしれない。俺は、元来押しの弱い性質の人間なので、無下に断ることができなかった。というのも、彼にはちょっとした恩があり、それ以降なにかと行動を共にしてきた友人で、映画について熱く語っていたこともある。ところが、ある日突然アニメにはまったかと思うと、それと同時期に「アニ研」ことアニメーション研究会に所属した。
 友人の趣味に干渉する趣味はないので、どこで何をしていようと気にしていなかったのだが、彼は「君ちょっと楽しいことしたくない?」と、誰に言っても警戒されるであろうセリフを吐くと、俺をアニ研まで連れてきた。
 「俺は行かないよ」
 「行こうよ」
 「いやだ」
 「あのとき助けてやったじゃないか」
 「いつの話だよ」
 いつの話かというと、ちょうど一年ほど前。酔っ払いに絡まれているところを助けられた。
飲食店でのバイトを終え、家に帰るため薄暗い路地を通り抜けようとしたときだった。道の真ん中にゴミ袋があり、何の気なしに看過しようとしたとき、おもむろにゴミ袋がむくりと起き上がりそのままこちらに突進してきた。驚きのあまり声も出ない俺が、ゴミ袋との衝突を覚悟した瞬間、横道から男が登場しゴミ袋を巻き込むように俺の眼前を転がっていった。
 ゴミ袋は酔っ払った中年男性であり、横道から出現した男が、この友人である。
 「どうして聖地に行きたいの」
 「求心力、かな?」
 「はぁ?」友人はアニメーションにはまってから良くわからないことを頻繁に言うようになった、気がする。
 「ひきつけられるんだ」
 「へぇ」
 「とにかく、今日一緒に言ってみれば、お前も聖地の魅力に引っ張られるよ」
 「わかったよ。一回だけなら行くよ」
 これほど誘われて断れるはずもないのでやむなく承諾した。友人はとても嬉しそうに周囲に俺が参加することを報告している。本当に一回だけですむのだろうか。でも、きっと俺には遠心力が働くんじゃないかなぁ、と思った。