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極寒の地 朝一 音痴
「雪がどうして白いか知っていますか」 シロクマが話しかけてきた。僕はすぐに返事をすることが出来なかった。 「雪はとても小さく、光を乱反射するから白に見えるのです。では、どうして乱反射するのか」 「僕は」机の上に置かれた空っぽのコーヒーをちらりと見てから震える声で言った。「僕はいったいどうすれば良いのでしょう」 「人の話は最後まで聞きなさいと学校の先生に習わなかったのですか」 シロクマは尋ねた。表情に変化はなかったけれど、怒っているのかもしれない。 「ごめんなさい。でも、僕」 「でも、じゃないでしょう。話すときに否定から入るのは得策ではありません。全く、君の先生は何を教えたのですか」 君だって最後まで聞いていないじゃないか、と心の中で反論した。
朝一のコーヒーが僕はこの世の飲み物で一番好きだ。目が覚めて布団から出ようとしたところで、暖めたリンゴパイのような甘い香りが漂ってくることに気がついた。そうだ、ここは僕の家じゃない。 昨日の出来事の筈なのに、まるで遠い昔のことのよう
飽きた
(untitled)
昨年末に汗水たらして私的大作を書き上げて以来日記をほとんど書いていなかった。
なんだか憂鬱で、テレビもネットもゲームも、何もかもつまらない、束の間の快楽、先の見えない現実、もう人生から途中下車しちゃおうかなあ、とか。 だってそうでしょう。私には取り柄も特技も存在意義もない。何もできないし、何者にもなれない。そんなことわかりきってたはずなのに、思い出して悲しくなってやりきれない。 お前は何を期待している?地位か、名誉か、名声か。認めてほしいんだろう。君がいなきゃ困る、なんて言われたいんだろう。ああ、醜い、私利私欲の塊じゃないか。金に眩んだ愚者を蔑むフリをして、自分を軽蔑していたのは誰だ。 運命の列車は乗ったが最後、決して乗り換え出来ない、そんなこと誰が決めた?本当の幸いの為ならば何だって出来る、そう言って笑う君だけが私の希望。 宇宙は広い。どうあがいたって地球の崩壊からは逃れられない。何をやったって宇宙は微動だにしない。それなら、好きなことすれば良いじゃん、楽しめば良いじゃん。私の活動で誰かが幸福を感じてくれるなら、こんなに嬉しいことってないけれど、一番大切なのは、自分が楽しむこと。心にゆとりがないと、他人を赦すことも、認めることも出来ない。そうだろう?
思春期真っ盛り中学二年生を意識しました! 語感を最優先したのだけど、イマイチまとまりとか統一性に欠ける上に途中何を言いたいのか自分でもわからなくなった。この文がピンドラの影響を受けていることと初音ミクが私の生きる糧であることは明白だから、何も悩むことないよね。
それにしても類語辞典がケータイと電子辞書に入っていないのが大いに不満である。
追記。 奇をてらった文章を書こうとしてるのに、読み返してみると至って平凡。自分で書いた文章だからという可能性もあるけど、そうではないと思う。 つまり、私が思ってるほど私の文章は変じゃないから、作文なんかに臆することないよ!
(untitled)
教室で千円札を拾いました。キョドったあげく、男の子にプレゼントしました。え、どういうこと。
妹の、電車でよく隣の席に座る人が進学校の生徒で、京大を目指していてセンターで9割とったらしい。友達と話していた、とのこと。今のうちに懇意にしておいたらどうだい。
電車内で、上司と部下が向かって扉に並んで立っていて、その手には東京バナナの袋が握られており、ああ、東京に行ってきたんだなあと思った。それだけ。
エクセル全然できなかった。指定した範囲までダブルクリックでコピペどうやるんだっけ。難しすぎる、もっと時間くれ、わたし頭の回転遅いんだよう。
演劇部再び。ホールの裏側にいます。ピリピリとした緊張感が伝わってきます。それにしても、この部屋かっこいい!そして受付でキョドキョドしてます。人、来るかなあ。
まるでツイッター。修飾語の使い方がわからない。
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大学というのは、とても面白いところですね。いえ、ちっとも面白くないのです。ただ、色々な価値観が混在しているなあと思うだけなのです。 コンピュータの先生がアメリカに行ったときの話をなさったのが印象に残りました。
ふぇいすぶっくがアメリカでブレイクする理由がわかりました。優秀なプログラマは1つの会社に留まることなく転々とする、有名大学まで人脈作りに行く、つまり友達が多い。 企業も、産まれては消え、産まれては消え、を繰り返し、たまに成功した会社は吸収したりされたり、伸び悩んで縮小したりと活発なようです。 皆は友達とくだらない話をしてるかもしれませんが、(SNSの)ソーシャルってのは社交的ってことですよ、アメリカ人はビジネスに使ってるんです、なんて言ってらした。 友達とついったでくだらない話もできない私も社交的になりたいものだなあ、知り合いが多いって素敵なことだなあ、とピクサーに子どもと遊びに行った話を聞いて思ったのです。
アメリカに優秀な友達がいるだなんて羨ましい話。
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あけましておめでとうございます。今年は餅をたくさん食べました。
謎のBLマンガの夢を見た。おそろいのキーホルダーが云々という内容だった。早朝に目が覚めて即あの花のことを思い出し切なくなったのは、夢の中でsummerが美しく壮大な風景の元で流れてたからだな。
ティーンでいられるのも残り僅かとなりました。悔いのないように精一杯生きようと思います。
無題
俺は運命って言葉が嫌いだ。
ピンドラは置いといて、今年のまとめをしてみます。上手くまとめられず、読みにくい上に不愉快で退屈な文章であることを予め陳謝します。
今年は、震災を筆頭に日本全体でも凄絶な一年でした。個人的には、まず大学生になったことが大きな出来事です。受験期からずっと憂鬱で、公立には落ちてしまい、大学に入学してからも生きる意義が見出せず、何せ、とりあえず大学に入学するまでは生きてみよう、と思って生きてきたので、決断の時を迎えてしまった時、私はもうどうすればいいのかわからなくなってしまい、インターネットで面白動画を見て束の間の悦びを感じることしか出来ず、何もかも嫌になってしまったのですが、直接的な原因はわからないけれど、夏休みに温泉近くを掘った時に地中から溢れる湯のようにじわじわ元気が湧いてきました。そして、まだまだ解決していない問題は数多くありますが(転学部など)、とにかく前向きにいろんなことに挑戦して生きようと決めました。特に思ったのは、様々な人と話をしたいということです。根暗の発言だとは思えませんね。それと、通学時間を読書時間に充てることで、小説を100冊くらい読み、私はミステリーが好きなんだと気付きました。その中でも、伊坂氏の小説を読んだことは、まさに運命です。小説ってこんなに面白いんだ!と衝撃を受けました。
インターネット関連では、トモナシと出会えたことがその筆頭です。トモナシは、彼のことを私が知った直後に動画投稿をやめてしまい、悲しみに暮れていたのですが、その後ニコ生を始めてくれて、内容がなんとも根暗で本当に勇気をもらうことが出来ました。私はパサパサ女子だけどそれでも良いや、と思えました。容姿に関するコンプが若干弱まったので、外出に対するおびえも減りました。彼がいなければ今の私は間違いなくいません。トモナシみたいな人に、とっても憧れます。素敵な方です。
さて、来年の抱負は「おもしろきこともなき世におもしろく」です。 これはコピペブログで見た『初めて風俗に〜』での晋作くんの発言で知った言葉で、高杉晋作の辞世の句だそうです。「すみなすものは心なりけり」と続きます。司馬遼太郎の小説に出てくるのだけれど、私はその本の一巻しか読んでいません。面白くないものを、面白くする努力もしないで面白くないと吐き捨てるのは甘え。面白くするためには考える時間より行動する時間を長くしろ。
去年、一昨年の抱負は「ポジティブ」でした。大学に入ってから、毎日が本当に辛くて、もう駄目だと何度も思いましたが、秋学期には少しだけ積極的になれたかなあ、と思っています。迷子になった時に3人の警官と1人のおばあさんのお世話になったことは一生忘れません。お寺に向かうことを半ば諦めていたどこの馬の骨とも知れない私に、おばあさんは道案内をしてくれて、おかげさまで無事にたどり着くことができました。最初に教えてくれた警官の話をまじめに聞いていなかったことはもちろん深く反省しています。あの話をきちんと聞いていれば道に迷うことはなかったのですから。親切な人って私が思ってるよりもずっと多いんだと実感しました。あと、私の運命主義も少し良くなったかもしれません。私にとって、遅刻確定で他人に声をかけた行為は、運命に抗ったことに相違ありません。余談ですが、読書が自分の性に合ってるようなので古今東西の名作を読み漁りたいです。
今年はアニメも豊作だったようですね。アニメは、たくさん見たいと思っていたのに結局少ししか見ませんでした。アニメーションより小説の方が面白く感じたことがその一要因ではないかと推測します。他の趣味のことを記すと、私は、ちっとも絵の練習をまともにしなかったので相変わらず絵が下手です。文章も下手です。以前よりひどくなっている気もします。人を楽しませられるような文章を書きたいというのが私の目標ですが、絵もそうかもしれません。
書きたいことはまだまだあるような気もしますが、つれづれなるままに日暮らし硯に向かひている場合でもないのでこのあたりで終幕にしましょう。トモナシの文才には驚嘆するばかりです。今の私の実力では彼の足もとにも及びません。すべてが私の抱負であり座右の銘でありモットーです。人を貶めるのではなく尊敬する人を見習って生きてゆきたいと思います。辛くなったときはいつでもトモナシのことを思い出すといいよ。いつか私がその役目を担える日を夢見て。来年もよいインターネットになればいいな。
運命を変える努力もしないで運命なんだと諦めるのは、甘え。
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イニシエ.ーション・ラブという小説が、恋愛ソングを聞くたびに思い出される。泥沼恋愛小説が好きな方には是非とも読んでいただきたい名作。ぞわぞわくる。
雪だ、大学では雪が降っている。こんなにちゃんとした雪って数えるほどしか見たことがない。なぜならば、私がお家にひきこもりがちだから。
英語の授業で見せてもらった映画がとても面白かった。たばこ会社の広告マンのコメディ。こういう映画、もっと見てみたいなあ。
あらすじを説明するのって想像よりずっと難しいね。これは練習の必要がある。 それとは関係ないだろうが、アルフォートのバニラホワイトがうますぎる。
エスカレーター(下り)に、二人の青年が乗っていた。後少し、というところまで来たとき、一人(眼鏡)がタタタとかけ降りて、くるりと振り返った。そしてもう一人(非眼鏡)が降りてくるのを待ってた。 その後、二人仲良く並んでバス停まで歩く道中、やたらスキンシップが多く(たぶん妄想)、眼鏡が非眼鏡に顔を近付けて何かを囁いていた。それで非眼鏡が避けようと端に寄るもんだから壁に当たりそうになって、文句を言ってた。帰りのバスは別々で、名残惜しそうに別れを告げたあと、眼鏡がバス待ちの列に並ぶために駆けていった。 ラブラブだった。萌えた。
(untitled)
バスで運転手さんが不機嫌な話。 降車ボタンがなった。 誰も降りない。 運転手さんが呼び掛ける。誰も反応しない。 流れる静寂。気まずい間。バスが動き出す。 また、降車ボタンがなった。 運転手「誰も降りませんよね?もう行きますよ。止まりませんよ」 バス停をスルー。 一人の男性が立ち上がる。 「あの、今の所で降りたかったんですが」 運転手さんは苦笑いを浮かべた。
迷子になった話。 韓国の大統領が来日していたから警官が多かったようです。
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初めてアルバイトをしました。SPPという、サイエンスなプログラムの手伝いです。初バイトで国がらみです、びっくり。何よりも驚きなのは、私も高校生の頃、そのプログラムを受けたことがある、ということです。SPPを行う側になる日が来るとは夢にも思っていませんでした。
高校生の前でちょっと話をしてください、という(私にとっては)ハイレベルな課題があり、死にそうになりながら挑戦したのですが、案の定、失敗に終わりました。頭が真っ白になり、一応原稿を作って行ったにも関わらずその原稿すらまともに読めない、そんな私の駄目っぷりを遺憾なく発揮してきました。 そして、私は転学部を考えているのに、今の学部のことを話してください、なんて期待されてしまい、責任重大で、罪悪感とかその他諸々の感情に押しつぶされそうになりましたが、女子高生と少し会話できることが出来たのはとても嬉しく、良い経験になりました。
今回のイベントで私が学んだことは、「人前で話す」は何度イメージトレーニングするより本番をこなすべき、ということ、自分にはその能力が一切備わっていない、ということ、周りの人達は私なんかとは比べものにならないくらいかっこよく、かつ優しい、ということ、それから、観望会を行うと曇り空になり星が全く見えないが終わった直後に星が見え出す、ということ。
SPPの関係者だと推測していたコミュ力がべらぼうに高い人が、去年経営学部を卒業したばかりの大学職員であることが判明しました。私、あまりのコミュ力の高さに舌を巻き、あのイケメンはまだまだ若いのに(若さ故かもしれないが)、ばりばり仕事をこなす超エリートだと決めつけていました。当たらずしも遠からず、ってところかな。大学職員も充分エリートです。感服、尊敬、憧憬。
一緒にアルバイトをしていた先輩方も、大変優れた方々で、尊敬すべき点ばかり見つかりました。私もあんな人になりたい、と強く感じます。もう少しスムーズに話せたら世界がとても広がるのに。残念きわまりない、です。全面的に見習います。
高校生とは、かけがえのない時間、時代であり、今日訪れてくれた彼らは大変仲がよく、羨ましい限りです。
途中から文章がおかしいかもしれません。 少しばかり変わった文章が書きたいのです。
無題
遂に、ドラマの中で、ニコニコ動画が取り上げられる時代がやってきた(おそらく私が気付いていないだけで今までにもあった)。ドラマ内で、ワクワク動画として生放送の機能を利用されていた。ワクワク動画、だったらここまで伸びなかったのかもしれない。
再生数の多い削除された動画を振り返る、という趣旨の動画があった。久しぶりにニコニコらしい動画を断片的にでも見ると、相変わらず面白かった。最近では、この手の動画はなかなかランキングに上がってこないし、ランキングに上がってしまうとなぜだか面白くなくなることもあり、お目にかかる機会が少なくなっていた。確かに、著作権などには厳しくなった。しかし、ニコニコはつまらなくなった、と何の努力もしないで言っていたことを恥ずかしく思った。私は、これらの動画を作った人のように何かを生み出そうとしただろうか。世の中には面白い人がこんなにいて、私もその一員になることを夢見て生きてきたのに、また忘れていた。インターネットばかりやっているといけないと思い、ネット離れして読書したりテレビを見たりしていたのだけど、ちっとも面白い人になれそうもない。本を読むだけでもだめだし、インターネットを見るだけでもだめ、いろんなことを一生懸命やらないといけないんだ。どんな形であったとしても、面白い人、ユーモアのある人、そういう者に私はなりたい。 著作の権利は難しい問題だ、と実感。TPPにも関連してくるらしい。皆がニコニコできる世の中を作るためには、どうするのが良いのだろう。
というユーモアのかけらも感じられない文章を書いてしまうのは、修行が全然足りていないから、だね。常体も難しいなあ。日本語ってオモシロイね!
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